かつて「保育園落ちた」私が考える待機児童問題の原因と解決策(3)

 前回述べたような改革案に対しては、「保育の質」が下がるという反論が必ず出てきます。そのようなことを主張する人の多くは、現役の保育士や保育園の経営者、そして自治体の首長や担当者です。「保育の質」は、株式会社参入への反対論の根拠にもなっていますが、株式会社が運営する保育所の質が自治体や社会福祉法人の運営する保育所に劣るというのは、根拠のない「迷信」に過ぎません。現に、第三者評価を基にダイヤモンド誌が作成した東京都の保育所ランキングでは、認証を含む株式会社経営の保育所が、他の形態に比べて上位を占めています。保育の質を決めるのは、法人形態ではなく、適切な監督の有無です。

 

 保育士の給料の低さが話題になっていますが、公立保育所の正規職員の保育士には、公務員として順調に昇給を重ねた1000万円プレーヤーも少なくありません。もちろん経験豊富な優れた保育士なのでしょうが、市場価格と大きく乖離しています。私が子供を預けた民間認証保育所の担任の先生は、どんな保育士にも絶対に引けを取らない素晴らしい方でした(その後、施設長に昇格しました)が、当時の年収は300万円台でした。公立を含めた各保育所が独立採算になれば、超高給の保育士を雇い続けることは大きな負担になります。保育料が自由化されれば、そのコストは料金にも跳ね返ります。保育所の民間委託を進めれば、コスト意識はよりシビアになるでしょう。そうすると、超高給の保育士には、現場を離れて行政側に移るか、給料引下げを受け入れて現場に残るか、選択を迫られることになる人が出るかもしれません。また、保育所(特に社会福祉法人)経営者にとっては、株式会社が運営する保育所が増え、待機児童が少なくなると、顧客獲得に向けた保育所同士の競争が激しくなることが大きな脅威です。競争が激しくなれば、より良いサービスをより安く提供するための経営努力が必要となり、それができなければ、子供が集まらなくなって経営が立ち行かなくなる恐れがあるからです。

 

 自治体の首長や担当者にとっては、「保育の質」を盾に民間参入を抑制する方が、自らが認可した保育所で事故が起こって責任を追及されるリスクを抑えられるというメリットがあります。待機児童数で全国一位になった自治体の首長が、インタビューで、「子供の安全のために保育の質は譲れない」と言って、株式会社の参入を阻害している上乗せ規制を擁護していましたが、その姿勢によって、「保育園落ちた」子供を量産して、安全性で劣る無認可に追い立て、より多くの子供をより大きな危険にさらしているのです。このように、「保育の質」という言葉が出てきた時には、それを言っている人が、その言葉によって、何を守ろうとしているのか、守っているのか、よく見極める必要があります。

 

 「保育の質」は確かに重要です。しかし、そのための行政のエネルギーは、既に安全な認可ではなく、今は必ずしも安全とは言えない無認可の質を向上させるためにこそ注がれるべきです。死亡事故の件数は、認可保育所では年間3-5件ですが、無認可保育所では年間10-15件に上ります。預けられている人数の違いを考えれば、無認可での発生頻度は認可の数十倍になります。無認可保育所は、業として、不特定多数の乳幼児を預かるという命に関わるサービスを提供しています。その安全性を確保するために、クオリティ・コントロールを行うことこそ行政の役割ではないでしょうか。全ての無認可保育所に自治体への登録を義務付け、定期的に自治体による検査監督を行うべきです。前に述べたような、高給ゆえに現場を離れざるを得なくなったベテランの保育士は、無認可保育所の安全性をチェックし、改善を指導する有能な検査官になれるでしょう。

 

 公定料金をやめて自由設定にすると安値競争になって保育の質が下がるという議論もあります。これも、上述のランキングにおける認証(各園で料金設定)のポイントの高さを見れば「迷信」であることは明らかです。そもそも、他の全ての商品・サービスでは、価格を含めて競争した結果、価格に比して質が良いものが選ばれるのに、なぜ、保育だけ価格を含めて競争すると質が下がると考えるのでしょうか。

 

 保育はサービス業です。今の保育の仕組みが、専業主婦が当たり前の時代に、やむを得ず共働きしなければいけない家庭の「保育に欠ける」子どもを前提に、福祉制度として構築され、その仕組みが実態に合わなくなっても継続してしまっているために、見えにくくなっているだけです。保育はサービスであり、良いサービスほど高いお金がかかる、この当然の原理をきちんと認識することが、待機児童問題解決に不可欠な第一歩なのです。