かつて「保育園落ちた」私が考える待機児童問題の原因と解決策(2)

 では、どうしたら待機児童問題を解決できるのでしょうか。以上の説明から、方向性は明らかでしょう。「不足」を減らすための価格機能の回復やボトルネックの解消に加えて、「不公平」や「不安」を減らすことが重要になります。具体的には、(1)保育料を弾力化する、(2)より弾力的に供給を増やせる株式会社等の民間事業者の参入を促進する、(3)保育士の給料引上げを促進する、(4)認可保育所に入れた場合と入れなかった場合の不公平を小さくする、(5)自治体によるギリギリのタイミングでの受入れ決定の影響を受ける人を減らす、ということになります。

 

 移行過程で起こる混乱を度外視して言えば、認可保育所制度は廃止して、公立保育所は全て独立採算の法人化し、自治体による入所決定をやめて各保育所独自の判断で随時入所決定できることとし、保育所に対する補助をやめて料金を自由化し、替わりに保育適齢期の子を持つ世帯に対し所得に応じて(所得が低いほど多額の)保育バウチャーを交付する、という解決策が考えられます。こういった政策を実施すると、暫くは混乱するでしょうが、3-4年のうちには、価格による調整メカニズムが機能して、供給の拡大と需要の分散・抑制により待機児童問題は解消するでしょう。

 

 しかし、現実には、移行過程で起こる混乱を無視できないので、こういう大胆な改革は実行できません。現行制度を前提に考えると、以下のような改革が考えられます。
① 保育所に対する補助金を、人件費と施設費の一定割合という形に再構成して、公立の認可保育所も独立採算として他と同じ基準で補助金を交付するなど、公立・私立の別、法人形態の別、認可・認証・無認可の別による補助額の差異をできるだけなくす。人件費については、法定基準人数に現状の平均給与水準を乗じた金額を上回る分に対して補助比率を引き上げるなど、保育士の給与引上げを促進する仕組みにする。施設費については、公立保育所が公費で整備されていることによる不均衡を極力なくすような形で設定する(必要なら公立から賃料を取る)。これらを適切に実施するため、各保育所の支出状況を透明化し、証拠書類の保存を義務付け、必要に応じてチェックする。また、保育所毎、年齢毎の一人当たりコスト及び補助相当額(公立の賃料相当額等を含む)を計算し、保護者に提示する(保護者にコスト意識を持ってもらうとともに、不公平な配分は比較すれば一目瞭然になる)。
② 保育所利用料金については、所得に応じて一定額に定めるのではなく、行政が定める一定の幅の中でコストを反映して各保育所が設定し、そこから所得に応じて(所得が低いほど大きい)一定額の控除(公費補助)を受ける形に変更する。その際、料金の幅の最低水準と控除の最高水準が概ね一致するようにし、最も貧しい層は実質無料で入れられるようにする。公立でも園庭がないなどコストが低く料金が幅の下限付近になる保育所を増やす一方、条件がよく高い保育料が期待できるところは民間に運営委託する。また、認可に預ける場合に所得に応じて受けられる控除(公費補助)に相当する額を、認証や無認可に預ける場合にも補助金として交付し、いずれの保育所に入れても、受けられる補助の額が同等となるようにする。
③ 保育士配置や一人当たり面積等の安全に直結する基準については、現状の認証の基準程度(例えば保育士のうち有資格者が6割以上いればよい)にまで緩和した上で、無認可を含めて共通に適用することとし、無認可も登録制(要件を満たしていたら自治体は登録を拒否できない)とした上で、立入検査等を行い、基準の遵守、安全確保を徹底する(違反に対しては、改善命令、施設への補助金の削減・停止、登録取消しといった制裁を用意)。
④ 民間運営の保育所については、認可・認証・無認可を問わず、行政の割当によらず独自の判断で随時入所決定を行う。ただし、前倒しでの予約殺到が懸念されるため、入所希望日の一定期間(例えば6ヶ月)前以降しか申込を認めない、事前予約の場合も誕生日に申込があったものとみなす、一つの保育所で入所決定を受けたら通い始めて一定期間(例えば6ヶ月)経過するまで原則として他の保育所(公立含め)には申し込めない(既に申し込んでいたらキャンセルさせる)、入所決定時に数ヶ月分の保育料を予約料として受け取り他の保育所に行ったら返還しない等の、過剰な抜け駆けや複数予約の掛け持ち、民間を確保した上で公立を待つことを防止する対策を講じる。

 

 上記の改革を行えば、制度による補助の差が小さくなり、認可や公立のメリットが減るので、所得と意識が高い層は、安くても融通が利かない公立よりも、少し高くても融通が利き早めに確保できる民間(認可・認証)に誘導されます。最も安いところを狙う人や保育所確保に出遅れた人は、公立に申し込むことになりますが、所得と意識が高い層が抜けた後の競争は、今よりだいぶ軽減されるでしょう。仮に公立に落ちたとしても、行政のクオリティ・コントロールがかかる無認可に預け、所得に応じた補助を受けられれば、今の制度で認可に落ちて高くて不安な無認可に預けるよりよほどましです。また、供給側を見ると、(財政負担の総額があまり変わらなくても)配分が均等化されることで、今は不利な立場にある民間事業者、特に株式会社・NGOへの補助が増え、また、民間が公立より先に選ばれるので、安心して保育所に投資できるようになり、供給の拡大が期待できます。さらに、保育料を上げられるようになり、また、人件費を増やした方がもらえる補助金も増えるので、保育士の給料を上げやすくなり、保育士になる(とどまる)人も増えるでしょう。

 

 ここで注意しなければならないのは、こうした改革はいいこと尽くめではなく、これにより不利益をこうむる人もいるということです。現在、認可保育所に入れている人は、かなりの確率で保育料の値上げに直面することになるでしょう。今の認可保育所の料金なら預けて働こうと思っている人や既に働いている人の中には、値上がりした保育料には見合わないので働くことを諦める人も出てくるかもしれません。しかし、そういった不利益は、今の制度によって作り出されている(認可に安く入れられる)圧倒的に恵まれた人と(入れる所がないか条件で劣る所に高い金を払わされる)圧倒的に恵まれない人の差を減らし、皆をそこそこ恵まれた人にする結果として生じているだけです。保育料の急騰で生活設計が狂わないよう激変緩和措置は必要かもしれませんが、問題解決のためには、既得権益の一部縮小は避けられないことです。